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京都のことは弘樹におまかせ『八重の桜』第三十六回レビュー

八重の桜

明治8年。八重は新島襄との婚約し、山本家はお祝いムードに包まれる。八重さんは1845年生まれなので30歳の時の話。


ところが、せっかくのお祝いムードをぶち壊す話が飛びこんでくる。八重は女紅場で突然の解雇通知を受けたのだ。耶蘇(キリスト教)への反発が強く、宣教師と結婚する者を教師として置いておくわけにはいかないというのだ。八重がハイテンション知事の槇村のもとに抗議に行くと、槙村は「耶蘇の男と結婚するが、自分は耶蘇にはならない」と生徒の前で宣言しなければ庇いきれないと言い放つ。内心の信仰はどうでも良くて外面だけ取り繕えばいいのだ、というのが熱血ハイテンション知事の槙村の言いぶんであった。問題が問題なだけに襄にも相談できず、八重はどうするべきか悩む。


一方、襄の学校設立は少しずつ進んでいた。京都に詳しい松方弘樹に紹介された公家の空き家を借りて学校の仮校舎にすることとなった。しかし、襄と八重が実際にその家を下見に行ってみると、キリスト教の学校設立の噂を聞いた近隣の住民によって家の中はすっかり荒らされていた。これには新設される学校に着任予定の宣教師デイビスさんも尻込みしてしまうが、襄は少しも怯んだ様子がない。抗議に押し寄せた近隣住民に土下座をして学校設立の許しを請う。しかし近隣住民があっさり引き下がるわけもなくとにかく「出て行け!出て行け!」と強硬な姿勢を見せる。ここで間に入ったのが京都に詳しい松方弘樹だ。耶蘇という「新しい風」が入ってくるのを恐れる住民に向かって「新しい風に期待しようじゃねえか」とあまり説得力のない説得を試み、なぜか説得に成功する。こうして英学校設立は着々と進んでいた。


その翌日、八重は辞職の決意を固めて女紅場に赴く。そこで八重は「自分を偽らずに、自分のドリームを、自分の心にしたがって・・・」と訴えるが、いけすかない糞役人に無理やり教室から追い出されてしまう。ここでその糞役人が「この会津もんが!」と八重を罵倒したので、八重は懐からトカレフを取り出す。この糞役人は殺されてしまうのか。緊張は頂点に達する。しかし、ここで場面が切り替わり、八重が学校を辞めるという話を聞いて急遽女紅場に向かっていた運動不足気味の襄がはかったようなタイミングで女紅場に到着する。そしてはかったかのようなタイミングで八重が出てきたのだが、おそらくあの糞役人は既に撃ち殺されたという設定なのだろう。視聴者が望んでいたハードボイルドな展開を示唆した点は高く評価できる。ここで襄は「あなたの苦しみは私の苦しみです。これからはすべてを打ち明けて下さい。」と言って八重を抱きしめる。ヒューヒュー。ここでこのいい年こいた馬鹿ップルが路上でイチャイチャしているところを、たまたま玄関に出てきた女紅場の女性職員が目撃してしまい、そのままそっと下がっていく場面があったのだが、あの場面は我が家では大変好評でした。


この後、征韓論争で下野し薩摩に戻った西郷隆盛のもとを、奇妙な薩摩弁を操る従兄弟の大山巌が訪れる場面に変わるのだが、これはまあ単なる前フリだからスルー。


そして再び場面は京都に戻る。ここで覚馬の命名によって英学校の名前が決まる。「社会人の志なんて誰でも同じようなものだよね」というようなニュアンスで「同志社」と名付けられた。ただし、現状では聖書を教える授業を正式なカリキュラムに入れることは難しいということになった。皆が困っていると、ここで覚馬がなにやら妙案を思いついたようだ。とりあえず予定のカリキュラムからキリスト教を削って槇村からも学校設立の許可を得ることに成功する。こうして英学校の同志社が産声をあげる。新入生はわずか八名であった。聖書は教えないということであったが、英語の授業の教材として聖書を採用して聖書を教えるという一休さんの頓知話のような作戦に出たのだった。しかし、これを聞きつけたハイテンション槇村が怒りまくり、これはどういうつもりだと襄に詰め寄るが、ここで八重が「それでは襖から虎を出してください。」と言い出して槙村を煙に巻いてしまったために、槇村と覚馬の溝は一層深まるのであった。


この後、襄と八重は結婚式を挙げる。いよいよ同志社篇が本格的に始まる。受験シーズンを前にして立命館関係者のイライラはいよいよマックスに達しつつあるというところで今回は終了であった。アーメン。