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大きな反乱も小さな反乱もネズミを獲る猫がいい猫だ『八重の桜』第三十八回レビュー

明治10年。同志社英学校の本校舎が今出川に完成する。感慨深げに新しい学び舎に足を踏み入れる㐮と八重であった。するとそこに熊本バンドがドカドカと入ってきた。前回放送分であれだけ揉めてたのだから、㐮&八重と熊本バンドとは血で血を洗う戦いが見られると期待していたにも関わらず、入ってくるなり「先生、荷物ば入れて良かですか?」って普通の学生になっていた。なんだこれはひょっとして一週分見落としたのかと思ったがそうではないようだ。このなし崩し的演出に呆然としているところに、そのなし崩し的演出を吹き飛ばすかのようなビッグニュースが都合良く届く。西郷が薩摩で挙兵したのだ。


京都御所では木戸孝允大久保利通伊藤博文のヒゲヒゲ三兄弟が会談し、西郷追討で意見が一致する。西南戦争の幕開けである。


八重の桜では当然ながら会津vs薩摩という構図が強調される。旧会津の山川浩佐川官兵衛らは、ついに巡ってきた薩摩との戦いの機会に奮い立つ。八重の桜を熱心に見ている方々にとっては、中村獅童が寝坊しないか、それだけが懸念材料であったと思われますが、ご心配には及びませんぞ。中村獅童は抜刀隊として勇敢に戦いました。


また八重の桜では、西南戦争の戦いのさなか、山川浩西郷隆盛が直接対面し、山川が戊辰戦争について西郷を詰問するという禁断の演出も使われていました。しかもここで姿を現した西郷は、完全な丸腰でキリストを思わせるオーラを漂わせておりましたが、キリストのオーラ知らんやろと自分で突っ込んでしまいます。さらに西郷は犬を探しているという設定になっていて、あれは「政府の犬を探す」というメタファーではないか、などと穿った見方をすることははてな法務部によって禁じられています。


さて、ここから簡単に後半の流れを説明すると、要するに木戸と西郷が死にます。いい加減に説明しているように思われるかもしれませんが、西南戦争を一回で放送しようとするとこんな感じになります。ミッチーは半沢直樹をヘルプしながら新政府の舵取りもするということで心労がたたったのでしょうか。


一方、同志社ではいよいよ女学校がスタートします。しかし、開校するなり女学校の生徒が授業の内容がつまらないと言って反乱を起こして、同志社英学校で講義をしている㐮のところに乗り込んできます。そこで㐮はロシアで見たとかいうマンモスの話をしています。なんの話やねん!


日本を揺るがす大反乱と同志社内での些細な反乱を同列に扱うという今回の流れに戸惑っている方もいらっしゃると思いますが、歴史的大事件もワイドショー的小事件も同じ皿に盛って喰らうというのが人間が抱えてしまった業のようなものだということは忘れてはならないでしょう。