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ハセキョー・ルックス・イースト・フォーエバー『八重の桜』第三十四回レビュー

明治7年11月、襄が帰国した。髭は剃ったほうがいい。10年ぶりの帰国である。米国での死亡説も出ていただけに専門家の間でも驚きが広がっている。襄は、眉毛で演技をしすぎるミッチー木戸のもとを訪れ、日本でキリスト教の学校を設立したいという希望を伝える。すると木戸は意外にも京都を薦めてきた。そうだ京都に行こう!


英語の学習が一定の成果をあげてきた八重は、暴君覚馬から今度はキリスト教を学ぶように強制される。三条に居住するゴードンという男のもとで学べという。ゴードンというと機関車トーマスの暴れん坊しか頭に浮かばないが、実際には温厚そうな宣教師であった。


八重は「悲しむ人は幸いなり」、「右の頬を殴られたら左の頬を差し出せ」など、ひねくれたマタイ伝の教えが理解できず、帰りに立ち寄った覚馬邸で八重ママに愚痴を言っていた(ちなみに、いつのまにかミネが進化)。


同じ時、襄も覚馬のもとを訪ねてきていた。髭は剃ったほうがいい。キリスト教の学校を設立して、人を育てたいという希望を伝える。覚馬は「この先日本が間違った方向に進まないためには、良心を持った人材を育てることが大事だ」という信念を述べ、襄への協力を約束する。すると襄は、松岡修造のごとく興奮しだして、覚馬をハグするだけでなく、覚馬の目が不自由なことをいいことに、どさくさに紛れて時栄も抱きしめるという暴挙に出る。


襄は覚馬とともに府庁の爆裂ハイテンション男槇村のもとを訪れ、学校設立の希望を伝える。前半はいつものように漫才。

槇村「耶蘇教の学校? ハア? ここ京都なんだけど・・・」
覚馬「大阪では、府知事の渡辺さんに断られたそうです。」
槇村「大阪が断った? ならばやろう!」
覚馬「ニヤリ」


突然学校設立に前向きになった槇村は、突然襄に結婚をすすめてくる。髭は剃ったほうがいい。ここでのやりとりは驚くべきものだった。

槇村「新島君、耶蘇教の上にひとりもんでは信用されんから結婚しろ!どんな女がええんや?」
襄「東を向いていろと言われたら三年でも東を向いているような女はゴメンなんです」
覚馬「スワっ!」

覚馬が驚くのも当然であった。この「東を向いていろと言われたら三年でも東を向いているような女」というのは、覚馬がうらと結婚するときに、うらがどのような女であるかを聞かされた時に出てきた表現であった(風間杜夫が言ってたと思う)。これはもちろん襄の嫁候補として八重を浮上させるための演出ではある。しかし、襄が妻として望む条件として、ここで敢えて「うらの否定形」を持ち出すというのはどういう意図であろうか。ここは今回の最大の謎であったが皆さんはどう読み解いたのでしょうか。


東京の山川家。浩(元大蔵)は陸軍中佐に昇進していた。髭は剃ったほうがいい。元大蔵の浩は、食い詰めた藩士の子弟を書生として家に置き学費まで出していた。そこに、元大蔵の浩の弟の健次郎がエール大学で文学の学位を得て五年ぶりに帰国し、元大蔵の浩の姉の二葉とばったり出会う。健次郎帰国の報を受けて、佐川官兵衛(日焼けサロン帰り)も山川邸を訪ねてきた。官兵衛は警察になり東京に出てきていたのだ。ここで健次郎は学問の道に進む決意を述べる。前髪はクネクネしていなかった。


襄が再び覚馬邸を訪れる。髭は剃ったほうがいい。そこには井戸の縁に腰掛けて、手仕事をしている女性がいた。八重であった。襄は、井戸から落ちるのを防ぐふりをして八重に抱きつく。時栄に続いて八重までもが襄の毒牙の犠牲になるとは。いつもの八重ならば襄を井戸に突き落として同志社終了のお知らせということになるのだが、ここはどういうことであろうか。この演出にはやや疑問が残った。この後、襄は覚馬と面談する。そこでひょんなことから襄が上州安中藩の江戸藩邸にいたと聞いて、佐久間象山の蘭学所で出会ったあの少年を思いだす。あの豚の絵の名人! 西郷に褒められたあの豚の絵の名人! 運命を感じる覚馬。西郷から譲り受けた薩摩藩邸跡地を学校の敷地にすることを約束する。学校設立の野望を持つ人は、豚の絵を描いて西郷に会おう!


帰省先から京都に戻った襄はしばらくの間、覚馬邸に居候することとなる。部屋の掃除などの準備を終えた八重が「他に御用はありますか?」と問うと、襄はなんと「ではひとつだけ。八重さん、私と結婚してくれませんか?」といきなりプロポーズする。おいっ!(←アンジャッシュ児島風に) 


トイレの場所を確認するみたいにプロポーズすな! 
プロポーズなんだから海辺に連れて行くとかしろ! 
そうか、京都だと天橋立になっちゃうのか。
遠いな。


こうして、京都の人はどこでプロポーズするのかという疑問を残したまま今回は終了。