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敗戦後論『八重の桜』第三十回レビュー

八重の桜

ジョー キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!! 


死亡説が出ていた新島襄であるが、今回放送文の冒頭で生存が正式に確認された。しかし、依然としてアメリカに滞在中であり、今後の展開によってはアメリカで絶命する可能性も残されており、まったく余談を許さないというのが専門家の一致した見解である。


会津戦争集結から半年。八重らは知人を頼って米沢に移っていた。権八と三郎を会津戦争で失い、女だけの暮らしで反物の行商などをして生計をたてている。このとき覚馬は京都にいたのだが、会津戦争前から音信不通であり、京都で戦死したものと思われていた。手紙を書けよ覚馬! 尚之助は東京で謹慎中のはずであるが音沙汰がない。手紙を書けよ尚之助!


米沢で厳しい生活をする八重は、会津を侮辱する米沢の田村屋とかいう糞商人を殺しかけるという事件を起こしてしまうが、ここで殺してしまうとただのチャック・ノリスになるためにすんでのところで殺人は回避される。潔くバイオレンスアクション系大河に移行する手もあったのだが、NHKの悪しき保守性が出たということだろうか。


会津戦争の戦後処理については、山川大蔵らの助命嘆願により容保親子の死罪は回避されることとなった。容保を助けるんだったらなんで戦争前に恭順を受け入れねえんだ薩長この野郎と思わないわけには参りません。容保の死罪が回避されたかわりに、その責任を家老の萱野権兵衛(柳沢慎吾)が負わされて斬首となった。誰が責任を取るかの基準てなんなんですか? 


とにかく会津はお家断絶を免れて、お家再興の許しを得る。しかし、そのまま会津に戻ることはかなわず、陸奥の国下北に移されることとなった。平馬や大蔵からその知らせを受けた会津藩士達からは「下北って! それじゃあ島流しじゃねえか!」と下北を侮辱する発言が出る。下北の人からの抗議が殺到したのではないかと思われるがその事実は巧みに隠蔽されている。NHKの隠蔽体質が図らずも露呈したことになる。


また同じ頃、五稜郭で抵抗を続けていた旧幕府軍や奥羽列藩同盟の生き残り組もついに降伏することとなった。戊辰戦争は終息を迎えて新しい時代に移っていく。


会津藩では平馬が戦争の責任を取り役職を退き、山川大蔵に後を託すこととなった。1869年の秋、大蔵が米沢の八重らのもとを訪れる。お家再興のお祝いに会津の郷土料理「こづゆ」を皆で食しながら涙するのだった。大蔵の口から尚之助の消息も伝えられる。今は江戸にいて大蔵らとともに斗南に移る予定だという。八重も斗南行きを打診されるが、もう少し米沢での静かな生活を続けたいという希望を伝える。


1870年。会津藩士たちは新天地の斗南に移っていった。


その頃、京都の覚馬は? 衝撃の展開が次回に! 覚馬の糞野郎が!