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「あっ、坂本竜馬は登場する前に死んでた」『八重の桜』第二十回レビュー

八重の桜

坂本竜馬は前回の第十九回で暗殺されましたが、それを書くの忘れてました。結局坂本竜馬は一度も登場せず死んでいきました。


さて第二十回「開戦!鳥羽伏見」でごぜえやす。ほとんど明るい話題がないので超絶書きにくいです。


前回までに大政奉還が済んで、新政府の会議で徳川に厳罰が下されました。この屈辱的な状況で、慶喜は二条城を出て、大阪へ下ることにした。戦わずして都を後にすることに納得のいかない会津藩士たちは、慶喜と容保に食い下がる。中村獅童扮する佐川官兵衛玉山鉄二扮する山川大蔵の様子は、まるでビー・バップ・ハイスクールのようであった。ところで、ヤフー検索で中村獅童と入力すると「中村獅童 浮気」というキーワード入力補助が出てくるが、皆さん何を調べているんですか。それはさておき、会津藩士の慶喜への直談判もむなしく慶喜と容保は二条城の裏門から出て大阪に下っていった。


慶喜や容保らが都を追われるという政変の知らせは会津にも届いた。会津の危機が迫りつつある状況で、会津に残っている八重ら女性陣は神社に集まって、夫や息子や兄弟の無事を祈願する幟(のぼり)を縫っている。そこに稲森いずみ扮する姫様(容保の義理の姉)もやってくるのだが、黒木メイサ扮する中野竹子が姫様よりも遅れてやってくる。この場面では、ブスなおばはん連中が「まあ、姫様よりも遅れてくるなんてねぇ」というような昼ドラ的な陰湿な反応を示してその場を盛り上げるというお約束は外していなかった。竹子は「薙刀の稽古で遅参しました」と言い訳する。それに対して姫様は「薙刀の稽古で遅参したというのが、言い訳で言っているのではないのなら歌を詠みなさい」と竹子に命じる。どうみたって言い訳だろ。そして「言い訳でないなら歌を詠め」という、まさかの非論理的な展開。そしてなぜか当然のように歌を詠み始める竹子。

もののふの猛き心にくらぶれば
数にも入らぬ我が身ながらも

「流石じゃ。」と感じ入る姫様。興奮した姫様は他の者にも歌を詠めと言い出す。まず幟を作れよという突っ込みはさておき、八重も歌を詠めと言われて歌を詠む。

父兄のをしへたまひし筒弓に
会津心の弾や込めなん

はい、現場の会津から東海林のり子がお伝えしました。



さて、慶喜が大阪に下ったことで、薩長らは取り敢えず慶喜討伐の名目を失ってしまう。流れを一気に討幕の方向に向けたい西郷(輝彦ではないよ)は、不逞浪士を江戸で暴れさせて佐幕派を挑発し、その流れでなんとか戦闘に持ち込もうと画策する。


一方、家老の梶原平馬(池内博之)は、いつのまにか江戸勤めになっている。八重の桜の公式ページには「鳥羽・伏見の戦いに敗れた後、江戸で軍備の調達に当たる」という記述があるが、鳥羽伏見の戦いの前から江戸にいたのかな。これにはまあ大人の事情があるのかもしれない。平馬の妻二葉(市川実日子)は、夫の後を追って、不逞浪士が暴れまわる不穏な江戸に入る。市川さんいい味出してる。好きだなあ。だが、いくらいい味を出していても、不逞浪士にからまれてえらいめにあいそうになる。このピンチを救ったのがなぜかMEGUMIであった。なにがなぜかなのか自分でもよくわからないがなぜかなぜかを付けたい気分になったのも事実だ。なんとなく着物姿のMEGUMIさんを見ると志村けんのバカ殿のコントを想起させるからかもしれない。とにかく夫婦共演おめでとうございます。


その後、勝海舟が梶原の下を訪れて、とにかく薩摩の挑発に乗ってくれるなと懇願する。挑発に乗ったら戦いになって、戦いになったら徳川オワタになるというわけだ。しかし、庄内藩が辛抱しきれず、ついに薩摩藩との争いになってしまう。


大阪でこの知らせを受け取った慶喜は「しまった。火種は江戸にあったか!」と悔しがる。慶喜の普段の憎たらしさは非常に上手に演じていると思うのだが、やはり激する場面などはちょっと技術的に厳しい小泉孝太郎という印象を受けたがまあ素人の感想なんて気にする必要はない。とにかく追い込まれた慶喜は開戦を決意する。


一方、会津では中野竹子が山本家の角場(鉄砲を練習するところ)を訪れる。子供の宿題をみながらだったので、ここでの細かいニュアンスはよく分からないのだが、とにかく八重と竹子が意気投合してキャフキャフしていたようだ。ちなみにwikipediaによると黒木メイサさんの嫌いな食べ物は明太子だそうだ。美味しいのになあ。


さて明けて1968年の100年前。ついに戊辰戦争の端緒とった鳥羽伏見の戦いが始まった。八重の弟の三郎も駆けつける。


京都に残った覚馬は、早く銃を送ってほしいと手紙をかいているが、開戦の知らせを受けて、大阪に行こうとする。容保に戦いを避けるように説得するというのだ。しかし、学問所を出たところで、京都を制圧している薩摩兵に道を阻まれ、ぶちのめされる。あんなにマッチョなのに。


鳥羽伏見の戦いでは会津藩は勇敢に戦ったそうであるが、結果的には最新装備の新政府軍の圧勝であった。この戦いで覚馬を引き立ててくれた大砲奉行の林権助が戦死する。ちなみに権助役の風間杜夫は芸能界随一の雀士であるという。


来週以降戊辰戦争が本格化するのであろうか。今回も新島襄って誰だっけというレベル。